救える命を救いたい――プロライフでもプロチョイスでもなく、私たちが今できること

アメリカでは長年、「プロライフ(Pro-Life)」と「プロチョイス(Pro-Choice)」という2つの立場が、中絶をめぐる激しい論争を続けてきました。
片や「命を守ること」が最優先、片や「女性の選択の自由」が最優先。どちらも深く人間の尊厳や倫理、自由の問題と結びついており、簡単に答えを出せる話ではありません。
でも、私がここでお伝えしたいのは、そのどちらかに旗を立てたいという話ではありません。
私たちが目を向けたいのは、目の前にある「救える命」と「今この瞬間に苦しんでいる人」です。
アメリカで見えてきた分断と、その影響
2022年、アメリカでは連邦最高裁判所が**「ロー対ウェイド判決」**(1973年)を覆しました。これは、事実上、中絶を「憲法上の権利」から外した判断でした。
この決定により、多くの州で中絶が全面的に禁止、または極めて制限されるようになりました。貧困層の女性や、支援が得られない若者たちは、安全な中絶手術を受ける選択肢さえ失い、命のリスクを背負う状況に追い込まれています。
そして同時に、**「産む以外に選択肢がない女性たち」**が増え、結果として望まぬ出産や、産後に乳児を遺棄するケースさえ生まれています。
政治が、宗教が、イデオロギーが、「命」や「選択」に介入することで、本当に守られるべき命が、むしろ見落とされ、傷ついている現実があります。
日本で私たちにできること
日本でも、誰にも相談できず、ひとりで妊娠・出産を迎え、追い詰められた末に乳児を遺棄してしまう事件が後を絶ちません。
その背景には、「妊娠したことを親に言えない」「誰にも相談できない」「産んだらどうなるかわからない」という、社会的な孤立があります。
私自身、里親として乳児を迎えた経験があります。
小さな命は、望まれて生まれてきたわけではないかもしれない。でも、確かにそこに「生きよう」とする力がありました。
「産むか、産まないか」の議論の前に――
「生まれた命を、どう受け止めるか」
「妊娠した人に、どんな選択肢と支援を届けられるか」
そこにもっと社会全体で、向き合う必要があると私は感じています。
私たちは、どちらの立場にも立たない。けれど、立ち上がる。
私は、プロライフでもなく、プロチョイスでもありません。
「救える命が目の前にあるなら、救いたい」
ただ、それだけです。
そのためには、中絶をめぐる議論だけではなく、**「産んでも育てられる社会」**の構築が不可欠です。
・妊娠に悩む女性が、安心して相談できる窓口
・「産んだら終わり」ではなく、「産んだあと」の選択肢(特別養子縁組、里親制度)
・母子ともに生きていける支援の仕組み
これらを、もっと見えるかたちで整えていかなければなりません。
「里親ねっと」からの願い
このブログを読んでくださった方にお願いがあります。
もしあなたのまわりに、妊娠で悩んでいる方がいたら、どうか声をかけてあげてください。
「産んでも育てられる方法があるよ」「あなた一人じゃないよ」と。
そして、私たちのような里親制度の存在を、必要な人に届けてください。
小さな命を受け止めるために、私たちはここにいます。
どうか、誰かの「選べなかった過去」ではなく、
これからの「選べる未来」を一緒に育てていきましょう。








